狐のまつり 後篇「空狐の消えた日」

前篇「初めの日」より

 

 

あれからどれほどの月日が経ったのでしょう。

人の姿をした狐は、自分がどれくらいの間生きているかなど、とうに忘れてしまいました。


ただ、本当にたくさんの人間が、男も、女も、老いも、若きも、

狐のところにやってきては「願いを叶えろ」と言うのでした。

 

狐は、昔と同じように、願いにつり合う対価と引き換えに、

人間の願いを叶えてやりました。

 

しかし、そのうち、「願いを叶える狐」を独り占めしようとする者が大勢現れ、

その国に大きな争いが起こりました。

それはまるで、水のない土地で、

桶に汲まれた一杯の水を奪い合うがごときの争いです。


人々は互いに傷つけ合い、多くの人が死にました。

狐は、もうなんのために自分が存在しているのか、わからなくなりました。

人間には「人をたぶらかす悪い狐だ」と言われるようになりました。

 

狐は思いました。

「そうじゃない。勝手に人間が滅んでゆくのだ。

ただ、一弥に、恩返しをしたかっただけなのだ。」

 

狐は戦を逃れ、川を越え、山を越えて、遠い里へ行きました。

 

狐はある日、まだ幼い少女に出会いました。

裕福な家の出ではないようで、少し野良仕事で汚れたような着物を着ています。

年頃は丁度、最初に一弥に出会った時と同じ頃のようでした。


池の渕を泣きながら覗き込む少女に、狐は話しかけました。

「そこの、どうした?」

「おっとさんが……、一生懸命働いて買ってくれた髪飾りを、落としてしまった」

 

「どうにかして、拾いたい」

泣いてしゃくりあげながら話す少女は、名をすず、といいました。

狐は、父のために泣くすずの、優しい気持ちに触れて、助けてやりたくなりました。

 

「すずよ。そうしたら、油揚げと釣り竿を持っておいで」

「油揚げ?」

「いいから」

少女は首を傾げながら、それでも言う通りに油揚げと釣り竿を持ってきました。

 

狐は油揚げをぺろりと食べると、言いました。

「さぁ、魚を釣ろう」

それから二人は、日暮れ時まで魚を釣りました。

二人で釣った魚の鰓(えら)に、髪飾りが引っかかっていました。

すずはとても喜び、おっとさんに言ってお礼をしたいから着いてきてくれ、と

狐に頼みました。

 


狐がすずについて歩き着いたところ、そこには小さな農村の、

茅葺き屋根の集落がありました。

すずの家族だという人間たちは、みな質素でありながらも、

あたたかい表情をしていました。

 

狐はふいに「たのしそうだねえ」と言いました。

すずは狐に身寄りが無いことを知ると、嬉しそうに狐を居候に迎えました。

すずの家は、落ちぶれ貧しくなった貴族の家でした。

狐はずっと味方もなく、ひとりだったので、とても嬉しくなりました。

それと同時に、こうして一緒にいれば、すずもまた一弥と同じ末路を辿るのでは、

と怖くなりました。

そのため狐は、これからはその力を使うまい、と決めました。

 

この農村には、争いらしい争いもなく、今まで見てきた「人の世」とは、

いくぶんも違う世界のように思えました。


ある日、すずの父親が、山の崩落に遭って片足を無くしました。

運ばれてきたおっとさんの千切れた足からはどんどん血が流れ、

みるみるうちにおっとさんの体は青ざめていきます。

 

狐はためらいましたが、すずに言いました。

「おまえの家の、お前の家であるという、あの証を持っておいで」

すずは、この家系が貴族の血筋であるという唯一の証明である短刀を持ってきました。

「すず、髪飾りも寄越しなさい」

すずは一瞬戸惑いましたが、髪飾りを狐に渡しました。

想い出すのは、狐に初めて遭った、幼き日。


狐は、短刀と髪飾りを薪にくべ、たいまつを手に取り、

囲炉裏から火を移して炎を灯しました。

「えっ…!?」

すずが目を丸くしていると、狐がその薪に火をつけました。

燃え盛る炎。炎はどんどん大きくなってゆきます。

狐は、身じろぎもせず、じっと炎を見つめています。

その目に、体に、焔の色があかあかと映りました。

鼻先も指先も、もう熱くて焦げてしまうようです。

 

「まつり……!!」

 

すずは恐ろしくなって、狐の名前を呼びました。

炎は、狐も、すずも、父親も、家もすべてを飲み込もうとしています。

炎のまぶしさと焼かれた空気の息苦しさに、すずは意識を手放しました。

 

 

 

「すず、すず」

目をさましたのは、夕刻でした。

「おっとさん!? ……おっとさん!! 火が!!」


すずを揺り起こしたのは、まぎれもない、おっとさんでした。

「すず、足が」

「足……!? そうだよ……!! おっとさんの足!!」

「足が、くっついたんだよ」

「え!?」

 

すずが見ると、確かに、千切れたはずのおっとさんの足が、元に戻っていました。

意識を失う前の炎を思い出したすずは、

はっとして狐の姿を探しましたが、どこにもいませんでした。



すずは、狐の跡を追いました。

山の崩落の原因となった雨は土をぬかるませ、

狐の履く草鞋の足跡は山深くへ続いています。

 

急いで狐を追ったすずは、背後から呼びかけました。

「…ありがとう!!」

 

「……お前が家宝の刀と、髪飾りを差し出したから」

狐は立ち止まり、振り向くと答えました。

「それで足が戻ったんだ。私は何もしていない」

「でも、髪飾りのときも、あなたが助けてくれたのよ」

 

狐は、胸に重苦しい痛みを感じました。

今まで滅んだ何人もの人間を思い出して、目の前のすずも同じ運命を辿るのでは、

この子供もまた、自分の欲望のために滅びるような

人間になってしまうのではないかと怖くなり、涙をこぼしました。

 

「どうして泣いてるの?」

すずは、狐が人間を助けるのは、

もしかしたら狐の掟に反することだったのかもしれない、と思いました。

「ありがとう、そんなにしてまで助けてくれて……

 でも、もし、あなたが苦しむのなら、どうか無理にその力を使わないで」

 

狐は、こんな言葉をかけてもらったことは、今までただの一度もありませんでした。

皆一様に、「さあ、次の望みを叶えろ」と言ってきたのです。

 

この子供の言葉は狐にとって、

これほど長く生きてももうふたたび見られはしないと思っていた、

人のあたたかみでした。

 

すずは狐にすっと近づき、涙を拭いてあげながら、

もう一度「ありがとう」と言いました。

 

それきり、その狐は、ふたたび人の前に現れることはなかったといいます。

ただ、すずのいる村は、その後ずっと、豊かな実りのある土地となったそうです。



 

 

 

 

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狐のまつり 前篇「初めの日」

 

一弥(いちや)は、足に怪我をした小さな狐を見つけました。

一弥は狐を古い祠に隠し、

毎日の奉公が終わってから世話をしに行っていました。

 

狐の怪我もすっかり治ったある日のこと。

一弥が狐に飯をやり、体を撫でてやると、狐はひとのことばを語りました。

 

「油揚げを頂戴。そしたら御前の知りたいことを教えてあげよう」

 

一弥はびっくりしましたが、

少し考えてから油揚げを持ってきて、

病気の母親を治す方法を尋ねました。

 

 

「三里先の神社の一本杉の影にある榊を一振り」

「そこの井戸から汲んだ水に浸けて三日」

「おかかさまに、飲ませる」

 

狐は、油揚げを美味しそうに食べてしまうと、

一弥にそう言いました。

 

そんなことで病気が治るのかと一弥は思いましたが、

狐の瞳の奥のほうの、

精神がゆらゆらと炎のように揺らめきながら生きているのを感じると、

不思議と素直に信じたのです。

 

 

三日後、母親の病気がすっかり良くなると、

一弥は油揚げを片手に、狐のところに駆けてゆきました。

 

最初はちんまりと両腕におさまるくらいだった狐も、

一弥の成長とともに大きく美しい狐になってゆきました。

 

 

 

一弥が大きくなるにつれ、一弥の願いも、

それに対する狐の要求するものも、より大きなものになっていきました。

 

 

富のためには美しい絹を。

 

出世のためには父の形見を。

 

美しい女を手に入れるためには祖母の遺骨を。

 

 

 

幾百の願いを狐に叶えてもらった一弥は、いつしか四十を超え、

人には許されざる願いを持つようになりました。

 

 

 

「不死の体が欲しい」

 

 

 

一弥の願いを聞いた狐は、

しばらく押し黙ってから、答えました。

 

 

 

 

一弥の願いを叶えるには。

「御前の最も大切な者の首を」

 

一弥は悩みながら帰り、そしてその晩、

自分の妻と子を、手にかけたのでした。

 

 

 

首を狐のところに持っていくと、

「さぁ狐よ、持ってきたよ、叶えてくれ」

 

狐は立ち上がると、

悲しそうな声で、霧のかかった月に向かって啼きました。

 

狐の体は燃える炎のようになり、

轟く嵐のような声で言いました。

 

「一弥、違う。自分の願いのために妻や子を殺める御前が、

本当に大切にしているものは、」

 

「御前にとって最も大切だと思っている者は、御前自身だ」

 

 

 

その瞬間、狐は一弥の喉を食いちぎり、

首を残してその体を食い尽くしてしまいました。

 

「願いを叶えるために、一弥にとって最も大切な者の首を持ってくる」

という約束を、狐は守らせたのです。

 

 

 

一弥を食い尽くした狐は、人食いによって人に化ける力を得、

自分を可愛がってくれた一弥を食い殺した獣の姿でいることを悲しみ、

殺生のできないような、女の姿に化けました。

 

 

それからというもの、一弥が狐の世話をしたその祠のある土地は「首塚」と呼ばれるようになり、

狐はその祠に祀られ、人々に畏れられるようになったのです。

 

「なんでも、あの祠の狐のおまつりさんは、どんな望みでも叶えてくれるらしい。

 だがそのせいで、強欲な男がひとり亡くなったんだと」

 

 

ーーーーこれが、狐のまつりの、初めの日。

 

 

 

後篇「空狐の消えた日」へ

 

 

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